二拠点で診療を始めたら?〜ロンドン開業の舞台裏 その4

動き出した時計と、新しい決意
2020年にGDC(General Dental Council)への登録を果たした私は、4年後の次男の高校卒業をきっかけに、再び”ロンドンで働く”という夢に向き合い始めました。GDC登録にはIELTSで高スコアを取る必要があり、私にとっては最後のチャンスだという思いで、その期限が切れる前の2020年に、ぎりぎりで登録を終えていました。
でも、それだけでは何も始まらない
GDCに登録すれば、すぐにでもイギリスで働ける――そんなふうに思っていた時期もありました。しかし実際は、そこからの道のりはまだまだ長く、そして複雑でした。
まず必要だったのは、「イギリスで働くためのビザ」。
これには、スキルドワーカービザやエクスパンションワーカービザといった種類があり、それぞれに要件があります。
そしてもう一つ、大きなハードルが「CPD(Continuing Professional Development=継続教育)」の取得でした。
GDCに登録している歯科医師は、年間一定時間以上のCPDを履修し、記録を提出することが義務づけられています。日本にいながら、英語で、イギリスのガイドラインに沿った内容を学び、履修を積み重ねていくのは、想像以上に大変な作業でした。
そのなかで私が選んだのが、**King’s College LondonのDistance Learningコース「MSc in Aesthetic Dentistry」**への入学でした。これは、審美歯科を専門的に深く学べる修士課程であると同時に、GDCが求めるCPD要件をはるかに上回る学習実績(5年間で100時間以上)を構築できるという点でも、大きな魅力がありました。
日本にいながら受講できること、そして自分自身のキャリアの中でもとくに興味のある分野を専門的に学べること。この選択は、イギリスで働く夢の一歩であると同時に、日本での臨床にも確かな手応えをもたらしてくれるものとなりました。
1本の糸を繋ぎ続ける
私がこのCPDの取得を続けてこられたのは、ひとえに「ロンドンで働く」という選択肢の糸を、一本だけでもいいから繋ぎ止めておきたい、という気持ちがあったからです。日常に追われて、ともすればあっという間に消えてしまうような小さな灯り。それでも、この目標がなければ、絶対にできなかったことだと思います。
加えて、イギリスでの歯科診療に関する最新情報を常に収集し、学び続けることで、むしろ自分の臨床にも役立つことがたくさんありました。
日本での仕事、家庭との両立
一方で、日本での仕事や家庭のことも、私の大きな生活の柱です。 開業しているクリニックの運営、スタッフの教育、地域連携、そして家庭のこと。どれもが大切で、すぐにロンドンに移住することは現実的ではありませんでした。
歯科医師免許と、CPDの計画的な取得。ここまで準備が整いながら、なぜ今まで、行動できなかったのか。
答えは明らかです。日本での大切な生活と、長年思い描いてきたロンドンでの新しい生活。この二つのうちの、「どちらかを選べば、どちらかが犠牲になる」そう考えていたからです。
しかし、免許更新の5年が迫る2024年。私は考えました。どちらかのすべてを捨てるのではなく、「両方を持つこと」はできないだろうか、と。
日本で診療を続けながら、ロンドンで診療する時間をつくる。最初は年に数ヶ月、次第に半年ずつ、日本とロンドンを行き来する。
そんな働き方ができるなら、それがいちばん自分らしい形なのではないか。
そして、オンラインが普及し、世界のどことでも繋がれる現代であれば、無謀と思えた「日英二拠点で働くこと」それは、可能ではないのか。
そんなふうに思いました。
新しい決意
数年間の準備期間、そしてたくさんの思惑、自分なりの納得感を経て、今私はようやく「動き出す」段階に立っています。
それでももちろん完璧ではありません。 不安も恐れもたくさんあります。
でも、止まっていた時計が、また静かに動き始めた今、私はこう思います。
「やってみたい。やってみなければ、わからない」
次回は、開業のスタイルをめぐってどんな選択肢があり、なぜ私は“借りて始める”という方法を選んだのかについて、お話ししたいと思います。
次回予告
第5回:「開業のかたち――借りて始めるという選択」
スクワッドプラクティスか、買収か。それとも?現地での可能性と制約の中で、私がたどりついた“今のスタイル”をお伝えします。