なぜ私は、10年前にイギリスの歯科医師免許をとったのか。〜Bloom 開業の舞台裏1〜

2025年、ロンドンに小さな予防歯科の診療室を開く準備をしています。

名前は――Bloom Dental & Wellness

この「Bloom(ブルーム)」という言葉には、花開く・広がる・芽が出るといった意味があります。
患者さんや地域の方々が、健康な口元を通じて明るく前向きに、“人生を咲かせていけるように”。
そんな願いを込めて名付けました。

けれど、どうしてロンドンで開業? なぜ今?

そんな疑問を持たれた方も多いと思います。

実はこの挑戦は、ずっと昔――10年前に始まっていたのです。

留学中に芽生えた思い

私が初めてロンドンで暮らしたのは、2004年から2005年にかけて、大学院に留学していた頃のことです。
その1年間で、現地の日本人の方々から「歯のことで困っている」と相談されることが何度もありました。

  • 「どこに行けばいいのか分からない」
  • 「保険と自費の仕組みもよくわからなくて…」
  • 「英語で治療の説明をされても、正直ピンとこない」

そんな声を聞くうちに、私は自然とこう思うようになっていきました。

「日本人歯科医師の需要があるんだなあ」
「好きなロンドンで、好きな歯科の仕事を、好きな英語でやってみたい」

その気持ちは、心の奥に小さな種のように残り続けました。
数年後、私はその夢を実現するために、**イギリスの外国人向け歯科医師国家試験「ORE(Overseas Registration Exam)」**を受ける決意をします。

ORE受験、そしてスーザン先生との会話

OREを簡単に説明します。

  • Part 1(筆記試験):歯科医学の基礎、診断、治療計画、法的・倫理的知識などを問うマークシート形式
  • Part 2(実技試験):実際の患者役への説明、技工、臨床判断、緊急対応を含む実技

Part2では、患者さんに対して治療内容を英語で説明する能力が求められます。
ただ英語が話せるだけではなく、現地で自然に伝わる言い回しや安心感のある話し方が必要でした。

そこで私は、ずいぶん前に長男の幼稚園で出会ったイギリス人のスーザン先生にお願いし、
週に一度、歯科英語のロールプレイ練習をしてもらうことになりました。

「詰め物をしますね」「神経の治療が必要です」――
そうした説明をどう伝えるか、スーザンと一緒に何度も練習を重ねました。

「歯科の話をするときは、相手が大人でも、5歳の子だと思って。
とにかくわかりやすく、そして恐怖を感じさせない言葉選びを。」

スーザンは徹底して教えてくれました。

「たいそうな理由なんて、ないんです」

ある日、スーザンが紅茶を飲みながら、ふと私に聞いてきました。

「あなたにはもう、日本に歯科医院があって、家族もいる。
どうしてわざわざ、こんなに大変なことをして、イギリスの免許を取ろうとしているの?」

私は少し考えて、でも正直にこう答えました。

「うーん…正直、たいそうな理由なんて、ないのよ。」

するとスーザンは、にっこりと笑いました。

彼女自身も、若い頃にイギリスから日本に渡り、異国の文化や言葉の壁の中で、英語教師として人生を築いてきた方です。
今では日本の大学でも教えている、努力家で芯のある女性です。

だからこそ、私の言葉に共感してくれたのかもしれません。

「わかるわ。心の中の“何か”が、『やりなさい』って言ってくるのよね」

その言葉が、いまも私の背中をそっと押し続けています。

いつか、と思いながらも

OREの合格率は**20%**と言われています。しかしそれは、おそらく1度の受験で受かる人の割合です。
私は2次試験の4セクションのうち、1セクション(OSCE)を落としてしまい、2次試験をもう一度受けて、無事合格することができました。
ちなみにOREは、4回まで受験が可能です。

無事試験に合格した数年後。
いよいよ本格的に動き出そうとしたことがありました。
けれどその時は、医院の事情や家族の問題が重なり、いったん計画を止めざるを得なかったのです。

大きな行動を起こすには、タイミングや状況も大切。
でも「それでもやっぱり、いつか」と思い続けていた気持ちは、10年たっても変わりませんでした。

「今」が来たのは、10年後のロンドンだった

2024年1月、当時在籍していたKings College Londonの審美歯科コース(ディスタンスラーニング=オンライン)の1週間のスクーリングでロンドンを再訪したとき、私は現地の日本人コミュニティの方々と直接お話しする機会がありました。

「信頼できる日本人歯科医がいたら、通いたい」
「歯のこと、相談できる場所が少ないんです」

その声を聞いたとき、

「今なら、できるのかもしれない」と、胸の奥で何かがはっきりと動いた気がしました。

10年前に蒔いた小さな種が、ようやく芽を出した――
そんな瞬間だったのかもしれません。

次回予告

第2回:「海外で歯科医師として働くには――OREと世界の制度」
イギリスのOREとはどんな試験なのか?
アメリカ・オーストラリア・カナダ・シンガポールなど、海外での就労を目指す歯科医師に向けて、主要国の制度をご紹介します。

※第3回では、かつて私が挑戦を一度止めた「すべての予定が止まった日」のことも、あらためてお話しする予定です。

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